プラザ合意とは?

円高が進んでいる現在、為替レートに対する関心も高まっています。

また長く続く日本経済の不振。

そんな状況からプラザ合意に改めて目を向ける動きも出ています。

このプラザ合意とは1985年にアメリカ・ニューヨーク市のプラザホテルにおいて合意されたもので、当時のG5の蔵相と中央銀行の総裁会議によって行われました。

G5は現在のG7、G8の前身で、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、日本の5ヵ国によって成り立っていたものです。

この合意は為替レート安定化をもたらすために行われたものでしたが、これが日本経済に大きな影響をもたらすことになります。

急激な円高が進んでいた当時、輸出に頼っていた日本は円高による不況を防ぐために低金利政策を実施。

それがさまざまな分野に投機をもたらすことになりバブル景気ともいわれた空前の反映をもたらすことになります。

しかし、当時アメリカは日本相手の巨額の貿易赤字を抱えていたうえ、ドル安はアメリカ経済だけでなく世界経済全般にマイナスの影響をもたらすという判断からこのプラザ合意によってドル安の食い止め、そして為替レートの安定が図られたのでした。

現在ではこのプラザ合意が日本のバブル景気破綻の原因ではないかという意見もあります。

少なくともアメリカ相手の貿易赤字を減らすために合意がなされたという点に関しては間違いないようです。

市場に対する国際的な協調介入など経済に大きな影響をもたらすことになったこのプラザ合意。

その影響は現在まで続いているといってもよいのかもしれません。